歴史・成績

障害者野球のはじまり

1981年 障害者野球「神戸コスモス」を結成(監督は岩崎廣司氏)
1993年 1月 日本身体障害者野球連盟設立 現在31チーム、820名超登録
1998年 4月 財団法人日本障害者スポーツ協会認定種目団体となる

岩崎廣司氏:
日本障害者野球連盟理事長1949年生まれ 35年以上に渡って全国を歩いて普及・加入を呼びかけ現在に至る。
障害者野球のパイオニアとして、我が国に本野球を定着させて普及振興に35年以上も取り組んできた功績を評価され、(財)日本障害者スポーツ協会から「特別功労賞」を受賞されました。(授賞式2011年3月 ホテル日航東京にて)

 

優勝 準優勝 三位  選抜・受賞

1997

多摩ベースボールクラブ結成 歴史に残るデビュー戦

「障害者として野球がしたい」多摩障害者スポーツセンターで野球活動をしていた選手達が、矢本監督を迎えて結成当時は監督・コーチ・選手10名とマネージャー2名の14名。全国大会に初出場し、大激戦の末に初勝利を挙げる。

 

第5回 全国身体障害者野球大会(神戸総合運動公園野球場・サブ球場)
2回戦  多摩ベースボールクラブ 15-14 広島ベースボールクラブ
準々決勝 多摩ベースボールクラブ 1-9  北上リリーズ

 

第3回 関東甲信越身体障害者野球大会 東京都江戸川区臨海球技場 出場

1997
1998

全国を意識してチーム名改称 『東京ブルーサンダース』

「全国大会で勝つ」 選手達の発案でチームの名称を改称する。全国を意識して、「多摩」から「東京」のチームへユニフォームのカラー「青」を活かした強そうなチーム名 “ブルーサンダース”としてスタート。

 

第6回 全国身体障害者野球大会(神戸総合運動公園野球場・サブ球場
2回戦  東京ブルーサンダース  5-8  阪和ファイターズ

 

第4回 関東甲信越身体障害者野球大会 出場

1998
1999

全国大会準決勝進出 秋の全日本選手権もスタート

その名のとおり、強く打ち勝つスタイルで、春の全国大会チーム最高成績の準決勝進出!
このシーズンから、「全日本身体障害者野球選手権大会」がスタートし、初代関東甲信越代表として第3位に入賞する。

 

第7回 全国身体障害者野球大会(神戸総合運動公園野球場・サブ球場)
1回戦  東京ブルーサンダース 12-1  チームエリア
準々決勝 東京ブルーサンダース  9-7  岡山桃太郎
準決勝  東京ブルーサンダース  2-10 福島アクロス

 

第5回 関東甲信越身体障害者野球大会 優勝

 

第1回 全日本身体障害者野球選手権大会(但馬ドーム) 第3位
準決勝  東京ブルーサンダース 8-9  名古屋ビクトリー
3位戦  東京ブルーサンダース 13-6  岩手北上リリーズ

1999
2000

初の全国“抽選勝利”

神戸と名古屋による、春の全国大会決勝 大接戦の末決着がつかず 抽選で優勝が決まる。東京ブルーサンダースも、秋の全日本選手権で「それ」を経験しました。

 

第8回 全国身体障害者野球大会(神戸総合運動公園野球場・サブ球場)
2回戦  東京ブルーサンダース 1-7  奈良スピリッツ

 

第6回 関東甲信越身体障害者野球大会 優勝

 

第2回 全日本身体障害者野球選手権大会(但馬ドーム)
1回戦  東京ブルーサンダース 3-6  山口ベースボールクラブ
5位戦  東京ブルーサンダース 3-3  岩手北上リリーズ(抽選勝利)

2000
2001

躍進のシーズン 全日本選手権 決勝進出

秋の選手権 名古屋を破って勢いに乗り、初の決勝進出!小川選手優秀選手賞受賞。春秋の全国大会で、初めて神戸と対戦。悲願の全国制覇に大きく近づき、「再びファイナルへ!」が、その後の合言葉になる。日本テレビ『ズームイン!!朝!』出演。その後の身体障害者野球の普及につながる。

 

第9回 全国身体障害者野球大会(神戸総合運動公園野球場・サブ球場)
2回戦  東京ブルーサンダース 10-0  アルカディア
3回戦  東京ブルーサンダース  1-8  神戸コスモス

 

第7回 関東甲信越身体障害者野球大会(埼玉県 国立リハビリテーションセンターグランド) 優勝

 

第3回 全日本身体障害者野球選手権大会(但馬ドーム) 準優勝
1回戦  東京ブルーサンダース 10-4  名古屋ビクトリー
準決勝  東京ブルーサンダース 6-5 岩手北上リリーズ
決勝戦  東京ブルーサンダース 4-10 神戸コスモス)

2001
2002

“甲子園出場”

全日本身体障害者野球甲子園大会に、東北関東連合チームとして出場。各選手が「高校卒業後○年」で、悲願の甲子園出場。矢本監督が甲子園のベンチで采配を振るう。 富沢選手甲子園で本塁打! 
元千葉ロッテ・阪神の定詰雅彦氏来訪。実技指導を頂く。

 

第10回 全国身体障害者野球大会(神戸総合運動公園野球場・サブ球場)
    1回戦  東京ブルーサンダース 5-1  大阪ジャガーズ
    準々決勝 東京ブルーサンダース 0-9 名古屋ビクトリー

 

第8回 関東甲信越身体障害者野球大会(長野県佐久市) 優勝
全日本身体障害者野球甲子園大会 東北関東連合チームとして出場

 

第4回 全日本身体障害者野球選手権大会(但馬ドーム)
1回戦  東京ブルーサンダース 2-11 神戸コスモス
5位戦  東京ブルーサンダース 6-7  山口ベースボールクラブ

2002
2003

関東で 全国で 勢力図に大きな変化

2001年の『ズームイン!!朝!』の放送がきっかけとなって結成された「群馬アトム」が、関東甲信越連盟に加盟。関東甲信越大会決勝での初対戦に敗れる。両チームで、しのぎを削って高め合うライバル関係がスタートする。初めて出場を逃した秋の選手権で、北九州が初優勝。神戸の公式戦連勝が「105」でストップ。

 

第11回 全国身体障害者野球大会(神戸総合運動公園野球場・サブ球場)
1回戦  東京ブルーサンダース 7-2  岡山桃太郎
準々決勝 東京ブルーサンダース 0-10 神戸コスモス

 

第9回 関東甲信越身体障害者野球大会(埼玉県 国立リハビリテーションセンターグランド) 準優勝
準決勝  東京ブルーサンダース 11-1 静岡ドリームス
決勝戦  東京ブルーサンダース  3-13  群馬アトム

2003
2004

雨のシーズン

春の全国大会、前年秋の選手権で初優勝した北九州に敗れる。2日目は雨天中止。関東甲信越大会は、大会初日に台風上陸。2日目に3試合。3試合目の決勝は群馬と大接戦の末3-5で敗れる。逆に、雨が続いていた“DREAM CUP”は、好天の下、第1回大会が実施された。

 

第12回 全国身体障害者野球大会(神戸総合運動公園野球場・サブ球場)
1回戦  東京ブルーサンダース  0-9  北九州フューチャーズ

 

第1回 DREAM CUP 身体障害者野球大会(静岡県裾野市運動公園野球場他) 出場
予選リーグ
東京ブルーサンダース  6-7  名古屋ビクトリー
東京ブルーサンダース  2-1  和歌山チャレンジャーズ

 

全日本身体障害者野球甲子園大会 岡山広島連合チームにスポット出場 優勝

 

第10回 関東甲信越身体障害者野球大会(栃木県 宇都宮市駒生運動公園野球場) 準優勝
1回戦  東京ブルーサンダース 14-0  栃木エンジェルス
準決勝  東京ブルーサンダース 17-1  埼玉ウィ-ズ
決勝戦  東京ブルーサンダース  3-5  群馬アトム

2004
2005

社会に向けて アピールのシーズン

この前年、長嶋茂雄・読売巨人軍終身名誉監督が病に倒れられ、奇跡のリハビリを経て復帰される姿が取り上げられたこともあり障害者野球が社会にメッセージを発した。東京ブルーサンダースのノンフィクション「4アウト」が新潮社より出版される。関東甲信越大会決勝は4-3で群馬を破って3年ぶりの秋の選手権出場。日本テレビ『ザ・ワイド』にも出演した。

 

第13回 全国身体障害者野球大会(神戸総合運動公園野球場・サブ球場)
1回戦  東京ブルーサンダース 0-6  岡山桃太郎

 

第2回 DREAM CUP 身体障害者野球大会(静岡県裾野市運動公園野球場他) 準優勝
1回戦  東京ブルーサンダース 13-2  和歌山チャレンジャーズ
準決勝  東京ブルーサンダース  9-2  静岡ドリームス
決勝戦  東京ブルーサンダース  5-8  名古屋ビクトリー

 

第11回 関東甲信越身体障害者野球大会(静岡県裾野市運動公園野球場) 優勝
準決勝  東京ブルーサンダース 17-1  静岡ドリームス
決勝戦  東京ブルーサンダース  4-3   群馬アトム

 

第7回 全日本身体障害者野球選手権大会(但馬ドーム)
1回戦  東京ブルーサンダース 0-7  神戸コスモス
5位戦  東京ブルーサンダース 6-5  阪和ファイターズ

2005
2006

東京ブルーサンダース 世界へ!

第1回 世界身体障害者野球大会が開催された。大会実行委員長に長嶋茂雄氏が就任。そして、ブルーサンダースからは石垣選手が代表選出。矢本監督がコーチに就任した。石垣選手は台湾戦での5安打1ホームランなどの大活躍で敢闘賞を受賞。ブルーサンダースを代表して世界へ飛躍した。そして、野球を始めようとする障害者の人たちへもメッセージを与えた。

 

第14回 全国身体障害者野球大会(神戸総合運動公園野球場・サブ球場)
1回戦  東京ブルーサンダース 12-4  島原ビューティフルウォーターズ
準々決勝 東京ブルーサンダース 0-13 福島アクロス

 

第3回 DREAM CUP 身体障害者野球大会(静岡県裾野市運動公園野球場他)出場
1回戦  東京ブルーサンダース  2-4  名古屋ビクトリー(Bブロックへ)
準決勝  東京ブルーサンダース  5-7  龍野アルカディア

 

第12回 関東甲信越身体障害者野球大会(群馬県伊勢崎市あずまスタジアム) 準優勝
準決勝  東京ブルーサンダース 17-4  埼玉ウィ-ズ
決勝戦  東京ブルーサンダース  3-16   群馬アトム

 

第1回 世界身体障害者野球大会 日本代表石垣選手選出 矢本監督コーチ就任 (神戸総合運動公園野球場) 優勝日本代表

2006
2007

新たな選手達による変革のシーズン

世界大会での日本代表の活躍ぶりは、野球を始めようとするたくさんの障害者の人たちへ勇気を与えた。ブルーサンダースも多くの新しいメンバーを迎えた。チームが活性化し、DREAM CUPでは、静岡・名古屋・龍野を破って初優勝。関東甲信越大会も群馬を3-0で制し、全日本選手権3位入賞を果たした。香野選手優秀選手賞。

 

第15回 全国身体障害者野球大会(神戸総合運動公園野球場・サブ球場)
2回戦  東京ブルーサンダース 6-0  京都ビア-フレンズ
3回戦  東京ブルーサンダース 5-6  岡山桃太郎

 

第4回 DREAM CUP 身体障害者野球大会(静岡県裾野市運動公園野球場他) 優勝
1回戦  東京ブルーサンダース 10-4  静岡ドリームス
準決勝  東京ブルーサンダース  5-3  名古屋ビクトリー
決勝戦  東京ブルーサンダース 20-3  龍野アルカディア

 

第13回 関東甲信越身体障害者野球大会(埼玉県熊谷公園球場他) 優勝
準決勝   東京ブルーサンダース 18-4  長野佐久レッドスターズ
決勝戦  東京ブルーサンダース  3-0   群馬アトム

 

第9回 全日本身体障害者野球選手権大会(但馬ドーム)
準決勝 東京ブルーサンダース 0-3  北九州フューチャーズ
3位戦  東京ブルーサンダース 7-1  仙台福祉メイツ

2007
2008

因縁のライバル 決着は選手権で

秋の選手権大会は10回目の記念大会。関東甲信越は南北合計2つの出場権が与えられ、群馬アトムと初のアベック出場。しかし、因縁の運命か、5位決定戦でやはり対してしまう。例年どおりの激戦となったが終了後は普段とは違う充実感を共有した。福本杯にも参戦。“マリンの風”を経験する。

 

第16回 全国身体障害者野球大会(神戸総合運動公園野球場・サブ球場)
1回戦  東京ブルーサンダース 7-0  兵庫のじぎく
準々決勝 東京ブルーサンダース 1-10 神戸コスモス

 

第5回 DREAM CUP 身体障害者野球大会(静岡県裾野市運動公園野球場他)
準決勝  東京ブルーサンダース  4-10  名古屋ビクトリー

 

第14回 関東甲信越身体障害者野球大会(東京都世田谷公園野球場)南地区優勝
南地区決勝  東京ブルーサンダース 11-1  埼玉ウィ-ズ

 

身体障害者野球 福本杯2008(千葉マリンスタジアム) 第3位
第10回 全日本身体障害者野球選手権大会(但馬ドーム)
1回戦  東京ブルーサンダース 0-9  岩手北上リリーズ
順位戦予選  東京ブルーサンダース 6-3  京都ビア-フレンズ 
5位戦  東京ブルーサンダース 6-7   群馬アトム

2008
2009

CHANGE

練習場所の確保、練習メニューの作成 選手全員で意見を出し合ってチーム活動を進める。ユニフォームのデザインについても全員で意見を出し合って選定し、関東甲信越大会から「ニューブルー」で挑む。

 

第17回 全国身体障害者野球大会(神戸総合運動公園野球場・サブ球場)
1回戦  東京ブルーサンダース 11-0  京都ビア-フレンズ
準々決勝 東京ブルーサンダース 2-6 北九州フューチャーズ

 

第6回 DREAM CUP 身体障害者野球大会(静岡県裾野市運動公園野球場他) 準優勝
1回戦   東京ブルーサンダース 12-0  龍野アルカディア
準決勝  東京ブルーサンダース 11-1  静岡ドリームス
決勝戦  東京ブルーサンダース 2-6  名古屋ビクトリー

 

第15回 関東甲信越身体障害者野球大会(長野県佐久市臼田総合運動公園野球場) 準優勝
準決勝  東京ブルーサンダース 13-5   長野佐久レッドスターズ
決勝戦  東京ブルーサンダース 3-14   群馬アトム

2009
2010

新たなる挑戦 DREAM CUP 2度目の優勝!

矢本監督が総監督へ。大森選手が兼任監督として采配を振るう。新たな体制がスタートしたシーズン。龍野・名古屋・静岡を下して、DREAM CUP3年ぶりの優勝。長くキャプテンを務めた島田選手が、春の全国大会後広島に移籍した香野選手と、第2回世界大会の代表に選出され、2度目の世界一に貢献する。横浜ベイスターズ清水直行投手来訪。指導・交流が始まる。

 

第18回 全国身体障害者野球大会(神戸総合運動公園野球場・サブ球場)
1回戦  東京ブルーサンダース 8-2 広島アローズ
準々決勝 東京ブルーサンダース 0-8  北九州フューチャーズ

 

第7回 DREAM CUP 身体障害者野球大会(静岡県裾野市運動公園野球場他) 優勝
1回戦  東京ブルーサンダース 11-4  静岡ドリームス
準決勝  東京ブルーサンダース  8-4  名古屋ビクトリー
決勝戦  東京ブルーサンダース 11-2  静岡ドリームス

 

第16回 関東甲信越身体障害者野球大会(東京都杉並区上井草スポーツセンター) 準優勝
準決勝  東京ブルーサンダース 27-0   東京ジャイアンツ
決勝戦  東京ブルーサンダース  2-4   群馬アトム

 

第2回 世界身体障害者野球大会 日本代表島田選手・香野選手(広島所属)選出 (神戸総合運動公園野球場) 優勝日本代表

2010
2011

10年越しの悲願 コスモスに“初勝利”

ジャパンカップ大会に初出場。チーム結成時からの目標である神戸コスモスに挑む。鍛えた守備で守り抜き7回を完封。最後はジャンケン抽選で、2001年の初対戦から10年での“初勝利”。田中投手がドリームカップ・ジャパンカップでいずれも最優秀選手賞に輝き、チーム2冠に大きく貢献する。新スローガン『One Two Three』の下(もと)で更なるレベルアップを目指す。

 

第19回 全国身体障害者野球大会(神戸総合運動公園野球場・サブ球場)
1回戦  東京ブルーサンダース 0-2 岡山桃太郎

 

第8回 DREAM CUP 身体障害者野球大会(静岡県裾野市運動公園野球場他) 優勝
準決勝  東京ブルーサンダース 22-0  福島アクロス
決勝戦  東京ブルーサンダース 13-0  名古屋ビクトリー

 

第17回 関東甲信越身体障害者野球大会(群馬県伊勢崎市あずまスタジアム) 準優勝
準決勝  東京ブルーサンダース 19-0  埼玉ウィーズ
決勝戦  東京ブルーサンダース  0-8  群馬アトム

 

第10回 ハンディーベースボール・ジャパンカップ大会(兵庫県高砂市向島多目的球場)優勝

1回戦  東京ブルーサンダース 12-1 京都ビアーフレンズ

準決勝  東京ブルーサンダース 0-0 神戸コスモス(抽選により勝利)

決勝戦  東京ブルーサンダース 8-1 岡山桃太郎

 

 

2012

林監督就任 立ちはだかる「1点の壁」

前・大森兼任監督が選手専任に戻り、林監督が就任。前シーズンのカップ2冠を受けて、それ以上の成績を挙げること、そして、神戸コスモスからの「真の勝利」を視野に取り組むが、各大会で全国の強豪チームとの1点を争うゲームに敗れる。一方、新監督が強調する「全員野球」が浸透し、ベンチ入りメンバー全員がレギュラーをうかがい、戦力の底上げが見られた。

 

第20回 全国身体障害者野球大会(神戸総合運動公園野球場・サブ球場)
1回戦  東京ブルーサンダース 9-2 大阪ジャガーズ
準々決勝 東京ブルーサンダース 2-5  北九州フューチャーズ

 

第9回 DREAM CUP 身体障害者野球大会(静岡県裾野市運動公園野球場他)3位
1回戦  東京ブルーサンダース 15-0  栃木エンジェルス
準決勝  東京ブルーサンダース 1-2  名古屋ビクトリー

 

第18回 関東甲信越身体障害者野球大会(埼玉県熊谷公園球場) 準優勝
準決勝  東京ブルーサンダース 13-3  埼玉ウィーズ
決勝戦  東京ブルーサンダース  6-7  群馬アトム

 ※ 挿入写真は、必ずしも時代を反映していません。

 

競技外社会活動
・多摩障害者スポーツセンター 納涼祭出店参加 市民交流
・多摩障害者スポーツセンター 「軟式野球のつどい」 運営ボランティア 市民交流
・講演普及活動など

 

歴史・成績

History